金の本質的な部分

金というのはそのもの自体に価値があるからこそ、古代エジプトの時代から6000年の試練に耐えてきたのです。
これが金の本質的な部分だと思うのです。
通貨としての金も、そういうところから派生したものです。
古典的金本位制の時代には、同じマネーといっても金貨と紙幣という2本立てで流通していました。

ところが、やがて経済の規模が大きくなってきてペーパーマネーが、流通する通貨の主流になり、管理通貨の時代となってきたのです。
さらにここ10年近くの間には、いわゆるデリバティブというような取引が広く行われるようになってきました。
ニクソンショックによってドルが金の重しから解放され、マネーがマネー経済の中で自己増殖し、メガバイトマネーとかエレクトロニックマネーといわれるような時代となり、実体経済とはバランスがとれないほど巨大化してしまったのです。

つまり、最初は金兌換というかたちで金貨という価値の裏付けのある通貨が登場し、それから紙幣が出て、そして銀行制度を通じて信用創造がなされて、現実に中央銀行が発行する通貨以上の信用を創造した。
さらにそれが新しい金融技術を裏付けとして、デリバティブというようなかたちとなって膨張したわけです。
ここに今の金融システムの脆さが内在しているのです。

金自体に絶対的な価値がある

日本には個人金融資産が1000兆円あるといわれていますが、現実にはどういう構造になっているかというと、それは銀行預金であったり、郵便貯金であったり、簡易保険であったり、生命保険の掛け金の積立金であったり、また投資信託であったり、もろもろのいわゆる金融資産というかたちになっています。
それを持っている人は、現在のマネーのシステムでは証書というかたちで持っているわけです。

ところが反対側で、それらを預かって運用している金融機関、すなわち銀行、郵政省、生命保険会社などからみれば、それは本来、自分のお金ではありません。
他人資本ということになります。

他人資本ということは、要するにバランスシートでいうと、預ける側の個人にとっては資産であっても、金融機関からいうと、逆に負債という勘定になっているわけです。
つまり、預金している人にとっては自分の資産だと思っているものが、金融機関の側からいうと借金であるにも関わらず、彼らはあたかも自分たちのお金であるかのごとく思って、個人から預かっているお金を企業や不動産や株式に投資して運用しているのです。

その投資の判断に誤りがあれば投資価値が値下がりして損失が出ます。
プロの運用者としての能力を信じて預けた善意の預金者であっても、運用者がミスをすれば、その結果としての損のツケは預金者にもまわってくるのです。
投資信託の元本割れ償還も、そうした例の一つです。
生命保険会社のバブル期に設定した個人年金が、当初の予定通りの運用ができずに大幅に減額されるケースです。

しかし、金というのはそのものに絶対的な価値がある。
つまり金は誰の借金でもない通貨なのです。
そしてそれは、歴史的な時間の返還にも耐え、かつどこの地域でも価値が同じように等しく認められる。

つまり、永遠性と普遍性という、縦軸と横軸を両方ともにカバーできるということです。
言い換えれば、金が現物そのものに価値があり、その裏側に第三者の存在が介在していない資産なのです。
そこにあるもの自体に絶対的な価値があるということです。

金の特性

金の特性として、中古品にならない、均一的、純度を調整しやすい、プラチナより柔らかいため加工や分割をしやすい、延性に富む、時代を超えた価値を持つ、地球上グローバルな価値を持つ、少量であるなどが認められています。
金というのは、そのものに価値があって、しかも人類が様々な紆余曲折を経てきたなかで、もっとも信頼をよせる価値の根源のような信頼感があることから、洋の東西を問わず金が通貨としての機能を持ちえたのです。

その歴史を振り返ると、例えばイギリスでは、イングランド銀行が誕生する前に金を取り扱う金匠が銀行のようなことをすでに始めていました。
金匠は客から金を預かり、その預かり証として一種の保管証明書を渡す。
その預かり証がやがて支柱で流通するようになって通貨としての機能を持ち、紙幣に変わっていきました。
それがオーソライズされて中央銀行というシステムができ、のちに中央銀行が一手に紙幣の発行権を支配するようになりました。
こうして近代の金融システムが始まったのです。

イギリスのイングランド銀行は、1994年に創立300年という記念日を迎えました。
ロンドンの金のフィクシング・プライスをロスチャイルド銀行とともに決定する五社のメンバーの一社であるモカッタ・ゴールドシュミットは、イングランド銀行の創業1694年よりさらに十年も昔から金地金業者として開業している歴史ある金匠です。

金が備えている特製

金は貨幣としての適性に最も優れていると言えます。
貨幣には価値尺度機能、交換手段機能、そして価値保存機能が必要と言われています。
こうした3つの機能を内包する貨幣にはいくつかの性質や属性が適性として要求されます。

貨幣には主に7つの特徴が問われます。それ自身が心を引きつける価値を持っていること

  1. その価値は普遍性を持っていること
  2. 均質性を持つこと
  3. 分割しやすいこと
  4. 変質しないこと
  5. 運びやすいこと
  6. 識別しやすいこと

金はこれらの特性を全て備えています。
また金属としても優れた特性を持っており、酸に侵されない、腐らない、サビないという強さがあります。
変質しないという点では金に勝るものはありません。

金は延性、展性に富んでいるので分割しやすく、均質性のある金貨に加工しやすいのです。
金はマネーとしての貨幣的な特性と同時に、やはり誰が見ても金そのものの持つ輝き、美しさを持っています。
エジプトのツタンカーメンなどの黄金のマスクを見ても、やはり何人をも惹きつける美しさがあるといえるでしょう。

それが金に対する一つの信頼の拠り所になっていると思います。
その美しい黄金色は6000年前にエジプトの人々の心をとらえて以来、洋の東西、時代を問わず人類を魅了し続けてきたのです。

昔から金貨はなめたり、かじったりして純度や真贋を吟味したといわれます。
金の純度は試金石にこすりつけると、その色でどの程度の純度か見分けられます。
王水にしか溶けないという点でも、金が偽物かどうか一発で分かります。

貨幣としての金

金の歴史をひもとくと、金が通貨としての本性を内在させている特殊な金属であるがゆえに自然発生的に、洋の東西で貨幣の中枢の地位を占めてきたといえます。

人類の経済は、はじめは自給自足の小集落の中から芽生えました。
次第に他の集落との間で、例えば海辺の集落が山里の集落と物々交換をし、生活の内容を膨らませて行きました。
やがて、自然からの採取物だけでなく、草木の繊維から布を編んだりして、加工物を物々交換の手段としたのです。
品物の交換が活発になり、人々の生活も豊かになりました。

物と物とを交換する不自由さから、人類は交換の仲立ちをする、物より抽象化された通貨の原始的な形態として貝や石を用い始めました。
そんな古い昔でなくても、アメリカ大陸では、イギリスからの初期の入植が始まった頃、ニューイングランド地域では、マッチが貨幣の役割を果たした時期がありました。
また、たばこが使われた地域もあったのです。

人類は貝や石といった自然物を通貨として使う不自由さ、より細かく計量する不自由さや、より多くの価値を持ち運ぶ時の不自由さから銀貨や金貨を発明していきました。
銀貨や金貨といっても、はじめから円形のコイン状のものが発明されたわけではありません。
銀や金の粒や塊だったものが、交換の手段として使用されていました。
物の交換の仲立ちとして、銀や金が、より抽象化され、貨幣として認識されるようになると、今度は逆に貨幣にある役割や機能を期待するようになったのです。

金の持つ現実的な価値保存機能

最近はよく金の広告を見かけるようになりました。
円高で金の小売価格が安くなったことが直接の原因といわれますが、震災などの影響もあるようです。

田中貴金属などの店頭では、100グラム、200グラム、500グラムの地金を買うお客さんに交じって、50キロとか200キロ単位で金の現物を買うお客さんが増えているのは事実です。

美しく、なおかつ酸などに侵されないという部分が今まさに「財産保全の手段」として見直されているのです。
火災にあって焼けても金は残る。
天変地異に対しても強いということが強く認識されるようになってきました。

今、人々は金の持つ現実的な価値保存機能に注目しています。
現金を箪笥預金していた場合は、火災で燃えてしまえばそれっきりですが、金はテレビでも映し出していましたが、ちゃんと金庫の中に残っていました。
それは、通常の火災の温度が600度なのに対して、金が溶け出す融点が1063度だから金は安全だったのです。

やはり、金の持つ特性が優れていることが再確認されたのだと思います。

通貨制度の基礎に金を据える制度

大恐慌のさなかに大統領に就任したルーズベルトは、1837年以来1オンス20ドル67セントに評価されていた金の公定価格を1934年に1オンス35ドルに評価替えしました。

これはどういうことかというと、金を一つの通貨という見方をして、ドルの交換レートを金に対して大幅に切り下げたわけです。
つまり、通貨を切り下げることによって、ドルの通貨価値を下げて、デフレを防ぎ、できうればインフレ的な経済に引き上げようというつもりで、大幅な平価切下げをやったのです。
民主党のビッグスペンディング・ポリシー、すなわち大規模な財政政策の下地作りをしたわけです。

この1オンス35ドルは1971年12月のスミソニアン体制のときまで維持されました。
ルーズベルトが金に対して切り下げたドルの価格が40年近くも続いてきたということなのです。

アメリカはわずか十数年という実に短い期間で、通貨政策がコロコロと変わっています。

金本位制とは、通貨制度の基礎に金を据える制度のことです。
まず通貨と金の重量の関係を固定します。
(一円は何グラムというように)。
そして通貨と金との交換を保証するのです。
金本位制度下では、通貨(紙幣)と金がともに流通し、紙幣は金兌換券ということになります。

同じ金本位制といっても、国に金が十分にある場合には、現実に豊富な金貨が作られ、日常の生活にも金貨が入り込んで流通します。
これは金貨本位制といわれます。
第一次大戦前までの古典的金本位制の時代には、多くの国がこの制度を採用していました。
また、金の量が十分にない場合には、金を節約する金本位制として金為替本位制が考え出されました。

日本人にとって金本位制というのはなじみの薄いものです。
明治の頃の金本位制というのは、建前上は金本位制でしたが、日本の明治政府が作った金貨は、金と銀の比率を誤った為、海外に流失してしまって、国内で使われることがほとんどありませんでした。

金本位制にするかどうか

アメリカの歴史を見ると政策選択の一つとして、状況に応じてたびたび採用されています。
金本位制にするかどうかが大統領選挙のテーマになって争われたこともあります。

1896年の大統領選挙のときでした。
民主党のブライアン候補は金銀複本位制の採用を公約に、共和党のマッキンレー候補は金本位制の実施を公約にしました。
結果はマッキンレーが勝利して、1900年に「1900年金本位法」が成立したのです。

当時の人にとっては、金か銀かによって経済的に利益を受ける人と損失を被る人がいた為、選挙のテーマとなったわけですが、客観的に眺めてみるとけっして神聖なものとして利用したい時には、いつでもチョイスしてきたということです。
ここにもアメリカ人のプラグマチズムの性格の一面がうかがわれます。

例えば、「1837年の貨幣法」で初めて金本位制を導入したときには、ほどなくしてインフレ率はマイナスのところまで落ち込んでいますから、デフレ的な効果をもたらしました。

その次の金本位制の採用は1879年です。
このときも、スタートして1年か2年は3%そこそこのインフレになっていますが、その後はやはりマイナスに転じています。
1900年に金本位制を採用した時はまさにインフレ時のピークで、その後右肩下がりでインフレ率が下がっています。

次に金本位制に復帰した1919年は、インフレ率がほぼゼロのところから、さらにマイナスに転じていますから、これもまたデフレ効果がありました。

そして次の1944年、ブレトンウッズで会議がもたれ、協定がスタートした時、実際には1945年から機能したわけですが、これもまさにピークの12%強のインフレ率から50年代半ばに向けて、ほぼゼロまで下がっています。

金本位制とインフレとデフレ

歴史を通して、アメリカ人には金本位制に戻すとデフレ的な効果がある、つまりインフレを防ぐ効果があるということが強く認識されているのです。
いわゆる金本位制導入を主張している人は、このような歴史的な事例を参考にしているのです。
1981年のレーガン大統領による「金委員会」で、金本位制にすべきか否かが討議された時にも、賛成論者は論拠としてこの点を強く主張していたのです。
当時は2ケタインフレだったのでなおさらでした。

逆に金本位制が停止した時の状況をフォローしてみますと、1861年にインフレ率がほぼゼロだったところから、20%くらいの猛烈なインフレになっています。
次に1917年、第一次世界大戦の時ですが、この時も金本位制を停止する前からインフレが始まって、停止してからやはり24%くらいまでインフレ率が上がっていました。

その次の1933年、ルーズベルトが金の国有化と同時に金本位制から離脱した時は、ゼロから7%くらいの小幅インフレ率の上昇に転じるきっかけとなりました。

もう一つ、1971年のニクソンショックのときは、ドルと金の交換を停止する前には4%弱のインフレ率でしたが、80年代半ばにかけては、12%強まで上昇しました。

こうしてみると、やはり金本位制にするとデフレになり、金本位制を停止するとインフレになるという法則がアメリカの歴史の中では見えてきます。