金本位制にするかどうか

アメリカの歴史を見ると政策選択の一つとして、状況に応じてたびたび採用されています。
金本位制にするかどうかが大統領選挙のテーマになって争われたこともあります。

1896年の大統領選挙のときでした。
民主党のブライアン候補は金銀複本位制の採用を公約に、共和党のマッキンレー候補は金本位制の実施を公約にしました。
結果はマッキンレーが勝利して、1900年に「1900年金本位法」が成立したのです。

当時の人にとっては、金か銀かによって経済的に利益を受ける人と損失を被る人がいた為、選挙のテーマとなったわけですが、客観的に眺めてみるとけっして神聖なものとして利用したい時には、いつでもチョイスしてきたということです。
ここにもアメリカ人のプラグマチズムの性格の一面がうかがわれます。

例えば、「1837年の貨幣法」で初めて金本位制を導入したときには、ほどなくしてインフレ率はマイナスのところまで落ち込んでいますから、デフレ的な効果をもたらしました。

その次の金本位制の採用は1879年です。
このときも、スタートして1年か2年は3%そこそこのインフレになっていますが、その後はやはりマイナスに転じています。
1900年に金本位制を採用した時はまさにインフレ時のピークで、その後右肩下がりでインフレ率が下がっています。

次に金本位制に復帰した1919年は、インフレ率がほぼゼロのところから、さらにマイナスに転じていますから、これもまたデフレ効果がありました。

そして次の1944年、ブレトンウッズで会議がもたれ、協定がスタートした時、実際には1945年から機能したわけですが、これもまさにピークの12%強のインフレ率から50年代半ばに向けて、ほぼゼロまで下がっています。

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