金自体に絶対的な価値がある

日本には個人金融資産が1000兆円あるといわれていますが、現実にはどういう構造になっているかというと、それは銀行預金であったり、郵便貯金であったり、簡易保険であったり、生命保険の掛け金の積立金であったり、また投資信託であったり、もろもろのいわゆる金融資産というかたちになっています。
それを持っている人は、現在のマネーのシステムでは証書というかたちで持っているわけです。

ところが反対側で、それらを預かって運用している金融機関、すなわち銀行、郵政省、生命保険会社などからみれば、それは本来、自分のお金ではありません。
他人資本ということになります。

他人資本ということは、要するにバランスシートでいうと、預ける側の個人にとっては資産であっても、金融機関からいうと、逆に負債という勘定になっているわけです。
つまり、預金している人にとっては自分の資産だと思っているものが、金融機関の側からいうと借金であるにも関わらず、彼らはあたかも自分たちのお金であるかのごとく思って、個人から預かっているお金を企業や不動産や株式に投資して運用しているのです。

その投資の判断に誤りがあれば投資価値が値下がりして損失が出ます。
プロの運用者としての能力を信じて預けた善意の預金者であっても、運用者がミスをすれば、その結果としての損のツケは預金者にもまわってくるのです。
投資信託の元本割れ償還も、そうした例の一つです。
生命保険会社のバブル期に設定した個人年金が、当初の予定通りの運用ができずに大幅に減額されるケースです。

しかし、金というのはそのものに絶対的な価値がある。
つまり金は誰の借金でもない通貨なのです。
そしてそれは、歴史的な時間の返還にも耐え、かつどこの地域でも価値が同じように等しく認められる。

つまり、永遠性と普遍性という、縦軸と横軸を両方ともにカバーできるということです。
言い換えれば、金が現物そのものに価値があり、その裏側に第三者の存在が介在していない資産なのです。
そこにあるもの自体に絶対的な価値があるということです。

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